
先週末より開催している COMPLEX EARLY SUMMER SALE ですが、
ご盛況につき、29(金)・30(土)・31(日)のラスト3日間は、
アンティークを多数店頭に並べ、各アイテムをさらにプライスダウンして
開催することにいたしました!!
新規のオーダーも、特別プライスにて受注いたします。
セール品の一部は、HPにも掲載していますので、是非ご覧下さい。
詳細はこちら↓↓↓
http://www.complex-jp.net/shop/news/
先週展示していなかった商品も沢山ありますので、是非お立ち寄りください!
皆さまのご来店を心よりお待ちしております。
※WEBをご覧になった方からのSALE品のオーダーも受け付けております。
ご購入ご希望のお客様は、31日19:00までに、
TEL:03-3780-0677 までご連絡ください。
尚、通信販売でのご購入は銀行振込みでのご決済となりますので、予めご了承ください。
住んでいた横浜の家の庭は芝生の広い庭だった。
平屋の白い家は、今はもう無いが今も当時を思い出す。
エアコンやレンジなど勿論無い時代。
大きなテレビの上にはレースが敷かれ、金魚鉢があり、
その横には花が毎日活けてあった。
サイドボードの上には僕ら子供らの写真が飾ってあり、
壁には写真が趣味であった父の風景写真が飾られ、
幼かった僕には全く手の届かない天井近くまで、
壁にはぎっちりと分厚い本が並べてあった。
さほど裕福とは云える家では無かったが、毎日の様に
母が花を活け変え、家具やテレビなどの上には必ず
綺麗な布が敷かれその上にはいつも何かが飾られて
おり、飾ってあるもので幼いながら暦を理解する事も
できた。
ビールのジョッキを母に借り、テレビに上に森で取ってきた
カマキリの卵を入れておくと、ある日曜日の朝、卵が
孵化し、とんでもなく小さいカマキリがリビングの赤い
絨毯に行列をつくっていた。
リビングとキッチンの間の柱には僕と妹の背の高さと日付
が刻まれた痕があり、母か父かどちらかが僕達の身の丈
を測って「大きくなったね。」と微笑んでいた。
朝になると庭にあった大きな木に、鳥たちが戯れ、
その心地よい鳥たちの声と木洩れ日が毎日気持ちよく
眼を覚まさせてくれた。
昼は縁側で妹と二人で、泥だらけの汚れた足をぶらぶら
させながら果物を丸かじりにして種の飛ばしっこや、種を
庭に埋め、「芽がでたらいっぱい食べられるね。」と、
本気で二人で話しをしていた。
夜になると、父はお気に入りにのアメリカ映画音楽を口笛
で奏でながら風呂に入り、母は幼い僕達にかつを節削りや、
大根おろし、餃子をつくる事を頼んだ。
春先には庭の一番遠い所にある桜の木が花を咲かせ、
夏には庭の片隅にある紫陽花が顔を並べ、軒に吊り
下げた風鈴の音。蚊取り線香の匂い。
秋には庭の真ん中の大きな柿の木が大きな実をつけ、
それが食卓に並び、冬にはリビングに飾ったシクラメンが
匂いを部屋に漂わせ、庭の芝生や池は雪の銀世界。
日曜日の日の暮れるころから綺麗好きだった父は庭を
丹念に掃除をし、葉や小枝などを集め焚き火を始め、
風向きによっては家の中まで煙が入った。
その懐かしい匂い。
手先も器用だった父は家の内装も外装もよくいじり、
ペンキ塗りや木戸の修理や縁側を作ることなど僕はしょっちゅう手伝だった。
器用に動く父の手先を見て一生懸命真似をした。
父は「ここは何色に塗ろうか?」と僕に問い、
僕が答えた色になるようにその器用な手はペンキを調合し、
その色を作り出し、家を塗ったり、フェンスを塗った。
一年に一度家の周りの何かの色が変わっていく。
人間にとても大切な五感が、その住まいにはあった。
何か高価な物があるからいい空間ではない。
安らげる空間は、人が住んでいるという温もり。
居住空間とはその人の生き方。
心の開放やそんな思い出をつくる大切な場所。
デザイナーズ~という、うたい文句で建てられた、
あと10年後には流行が全く終わった息苦しい外観。
そのときは快適に創られた気がした床暖房付の、
ピカピカで傷がついたらもう最後、見られた物では無くなってしまう
木目も均一に出来上がった床。
完全に外気を遮断してしまう一生経年変化しない、アルミ製のサッシ。
エグゼクティブ風な木目調のシート。
絶対傷が着かない印刷の大理石風メラミン化粧合板。
芯材がなんの木でできているかも解らない突板の柱に傷をつけるなんて
全くとんでも無い。ボロが出てしまう。
張り替えたり、再塗装するよりも買ったほうが安価なソファや
テーブル。
そんな家など、一体どうなってしまうのであろう。
誰も見向きもしない、価値無き建造物と思い出も出来や
しないインテリア。
現代の様に物が無かった時代、人は便利、快適を求め続けたが、
いまや全てが揃い、過剰なまでになってしまった。
今の時代、昔の様な快適とは云い難い事柄が
逆に懐かしさや人の温もりが感じられるものとして求められ始めている。
何年経っても、いい家。と、云える様な思い出に残る家を
造らなければならない。
